2016年6月28日火曜日

Lost in my own language

急にブログごめんっ。Brexitでお忙しいかもしれないのに。

ちょっと小咄よろしいかしら。

あたしが若者だった25年ぐらい前、ご年配の皆さんからの「今の若者は何言ってるのかサッパリわからない。言い訳はいいから「はい」か「いいえ」で答えて欲しいの。(これあたしのピアノ教師の十八番の質問だったが)」みたいな「今の若い奴らは」的な発言を散々聞いたのね。
時は戸◯純、石原◯理子全盛期(藤◯◯和子のちょっと後)。こちらも「そうだろうなぁ。わかんないだろうなぁ。」とおぼろげに思ってはいたの。

が、25年経った今、あたし自身が日本の若者(もちろん全員ではないわよ)と母国語を使っても十分に交流できないことに一抹の不安と侘びしさを感じるの。
今の若い方たちは饒舌になった分さらに言葉だけ羅列してるようで、まるでどこぞの散文詩みたいになってしまってる気がするんだけど。


以下、ネタじゃないのよ。
ハードコアなノンフィクション。

渋谷のとあるショットバーにて30代前半と思われるバーテンとの会話。

あたし「お客さん皆に喋りかけてらっしゃるのね。みんな常連さんかと思ってたのよ。」

バーテン「客にはぁなるべく話しかけるようにしてますかねー。やっぱ歩み寄りっすよねぇ。こっちが歩み寄った時に向こうが歩み寄って来たらオッケーっすけだぉ、こっちが歩み寄っても向こうが歩み寄ってこない場合ってあるじゃないっすかぁ。そしたら歩み寄りませんねぇ。やっぱ歩み寄りたくない客も中にはいるんでぇ。リスペクトですかねー。あ、その焼酎っすかぁ?最近ガイジンに超人気ですかねぇ。ニューヨークとかロンドンとかでめちゃ焼酎キテますねぇ。(あたしのアメリカ人のパートナーに向いて)ガイジンLOVEショーチュー、Yeah!!」

あたし「(WTF?)」

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こないだニューヨークのとあるジャパニーズレストランにて、20代後半かと思われる日本人のウェイトレスと。

あたし「もしかして、もしかすると、九州のご出身ですか?」

ウェイトレス「え?するときゅー?え?」

あたし「ご出身は九州なの?」

ウェイトレス「しんわきゅー?え?すみません。え?」

あたし「ちょっと九州アクセントなので九州のご出身なのかなぁと思って。」

ウェイトレス「きゅーしゅーアクセン?え?意味わかんない。」

あたし「・・・ (-_-;) あ、すみません。もう結構です。」

ウェイトレス「あぁっ!!九州です。そうですねー。宮◯なんでぇ。」

あたし「・・・。あらやだ。やっとわかってくれたのね(汗)。ほっ。(気を取り直して)宮◯っていも焼酎美味しいわよね。うちのはいも焼酎大好きなのよ。」

ウェイトレス「いもしょー?え?わかんないですねー。それ名物ですかねー。」

あたし「・・(-_-;)。お勘定おねがいします。」

ウェイトレス「あ、あたしのこといじってるんですか?」

あたし「いじって、って。いじってないわよ。(どっちの台詞やねんっ!)」

ウェイトレス「あ、そもそもぉニューヨークに来たのもいじられてたからなんですけどぉ。」


Ω\ζ°)ちーん。

まるで、ついこないだまでやってたなんとかってドラマそのまま観てるみたいだった。

あたしが若いころ、ここまでアレじゃなかったと思うんですがっ。
これならあたしの拙い英語でスウェーデンで生活したほうがまだマシなのかしら、と思ったり。
(スウェーデンでも不可解な会話が多々生じるけど、母国語じゃないだけマシか?と)

この話を日本に住んでる友達にしたら「世代が違う人達に喋りかけるあんたも悪い!」と。話しかけないか最小限の会話に留めるようにと滔々と言われたのよ。

なんか・・世知辛い。

せちが?え?
と言われる前に。

爺は引っ込みます。






2015年10月13日火曜日

Grand Canyonにて

Journey to Italyでアッシジの聖フランチェスコ大聖堂で心洗われたぁ、みたいなこと書こうとしてた矢先、ふいと所用ができてアリゾナ・USAに行ってきた。

アリゾナにもラスベガスにも行ったことあるのに、なぜかこの「死ぬまでに行きたい場所」のトップに必ずランクインするグランドキャニオンには行ったことなかったの。
というより、人生においてここに行くことあんまり考えたこともなかった。

フラッグスタッフから車で北上して2時間ほどで着くのだけど、2時間経ってもなかなかそれらしきものが見えてこない。
グランドキャニオン国立公園入り口を通り抜け、駐車場に車停めてもそこには綺麗な森やコテージがあるだけであたしが想像してるグランドキャニオンはどこにあるのやら?って感じ。
で、2分ほど歩くと突然足元から崩れるようにして目の前に大渓谷が現れるのよ。

ぐゎぁぁぁぁっっ!!!!
(これの10万倍ぐらいでかいフォントで書きたいわ)

と。

大渓谷だから谷の上から下を眺めるなんて当たり前なんだけど、そういうことも考えたことなかったあたし。
見上げるもんだとばかり思ってた。


今回行って思ったこと。
「行ったことないなら借金してでも行ってちょうだい」です。

聖フランチェスコもローマの遺跡も7000万歳の自然が作った遺産にはかなわないなぁ、この大渓谷を前にしたら人生なんてほんと一瞬の輝きでしかないなぁ、あたしなんてちっちゃいちっちゃいちっちゃい、とか言いながらこんなとこに一人ポツンと置いて行かれたらどうしようぅぅ、めっちゃ怖いぃぃぃ、やっぱあたしちっちゃいちっちゃいちっちゃい!・・・なんてぼんやり思いながら。

ほんとは「フランス人の観光客が異常に多かった」なり「エル・トヴァーホテルの食事がまずかった」など書かなきゃいけないかもだけど、大キャニオンを前には屁みたいなもんだし、キャニオンのことはあたしの技量じゃ筆舌し尽くしがたいので、ここまで。
写真もたくさん撮ったけど、どれもあのダイナミックな感じが伝わらないような気がして2枚だけ。(あぁ謙虚w)

いまだグランドキャニオンショックはつづく。

ちなみにあたしたちが行ったのはもっともポピュラーなグランドキャニオンの南側。
老若男女が楽しめます。







2015年8月29日土曜日

Journey to Italy 2015 (3-2): Perugia, Umbria

ペルージャの街編。


右手から伸びてる道はローマ時代の水道(アクアドット)を利用した道

イタリアにはペルージャのように山の丘陵にある町が多いのねー。
北ラツィオとウンブリアには特に多いように思うわ。
ペルージャは町に何箇所かエスカレーターが付いてるんだけど、坂を歩かずに街を徘徊するのはもちろん不可能よ。
まだ足腰がしっかりしてるうちに来れてえがっだなぁ、じいさんや。
この町で日常的な生活を送るのは、さぞやお年寄りには辛いんじゃないかしら。
お買いものをしてくれるような優しい孫夫婦とかいればいいんだけど、なんて余計な心配までしてしまう。

ジョ曰く、イタリアでは古い村や町の外側に50年代終わりぐらいから作られはじめた住宅の区域が必ずといいほどあって、若い世代の人たちはそういう利便性のある(でも味もそっけもない)ところに住む傾向にある。そして毎日職場に車で行って休日はIKEAとかモールとかで買い物して、インターネットしてFacebookの好きでもない友達の好きでもないアップに「いいね!」したくもないのに「いいね!」して、あぁ古き良きイタリアはどこへ行ってしまうんだぁぁぁぁっ!らしい。
この話が一旦始まると、ちょっと長い。Ω\ζ゜)ち〜ん

こういう街の景色がふるさとの原風景なのって素敵だわよ

ペルージャ外国人大学の窓から先ほどの水道通りを望む

そう言われてみたら、歴史情緒のある町の城壁から出た途端に機能性だけを追求したようなけっして美しいとは言えないスウェーデン風近代建築っぽいマンションが目に飛び込んでくること多いわよね。
それでも色は統一されてるのでスウェーデンよりも綺麗に感じるわ。
他人さまの国のこととやかく書ける義理じゃないけど。

ペルージャの町の端っこに車を停めて4時間分の駐車料金を払い、そこから徒歩でかなり急な坂を登って町の中心へ。
美術館やら教会やら一つ一つのアトラクションを丹念に見て回るジョに付き合って、ランチやアイスも食べてベンチで昼寝してたらなんと6時間経ってしまった。
「僕は罰金貼られてないと思う!だいじょぶだいじょぶ。そこまでイタリアの警察は勤勉じゃないよ。僕たちはいつもラッキーでしょ!」
などと前日ホテルで階段で足挫いてまだ足首がジンジンするあたしにビューティフルサンデーの田中星児みたいなすっきり顔して言いやがる。
車に戻ってみたら、案の定しっかり罰金チケット貼られてた。
20ユーロ。
勤勉やんけ。Ω\ζ゜)ち〜ん 言うたやろ・・・。
(ちなみにスウェーデンではあり得ない安さよ。あたしスウェーデンで5分超えただけで50ユーロぐらい払ったもの。あーやだ。ちなみに一時停止3メートル止まらず出ちゃっただけで400ユーロね。持ってけ、パツキンっ!)
「途中で観光をやめて、わざわざ車に戻って新たにチケット買ったとしたらその代金が5ユーロ。残り15ユーロはまた山降りる面倒くさい回避代。昨日のホテル代、ありえないぐらいに安いって君、言ってたよね。あぁ、そういう風に考えたら安い!むしろ罰金チケット切られててよかったって感じじゃない?!うん、やっぱりラッキー!はい、平和。グラツィエェェ、天国のマンマ!!グラツィエェェ、ドラエもんっ!!(←最近ハマってるらしい)」
あぁ、王様キャラ。
っていうか、あぁ、イタリアン。Ω\ζ゜)ち〜ん

サン・セヴェーレ教会(ラファエロとペルジーノ合作のフレスコ画のある)にいたニャンコ


行く前にペルージャのことで何を知ってたかといえば、須賀敦子さんが最初にイタリア語を勉強したペルージャ外国人大学っていうのがある、ってことぐらい。
なのでその大学はちょっと見といたほうがいいのかな、ぐらいな。

旅に行く前にガイドブックなりの文献を紐解いて、予備知識と期待感を持って現地に向かうことは大事だなぁって思います。
なんとかの噴水だよっ!!なんとかの門だよっ!!素晴らしいっ!っていきなり言われても、かおりはさぁ、ちょーと良くわっかんないの。

知り合いのアメリカ人の若者が
「僕はキョーロー(京都)に行ったら絶対にセアンジャウセアンギエンダォォォに行きたいですっ。セアンジャウセアンギエンダォ、もう名前からしてファッ◯ンCOOL!!」
ぐらいの大きな期待感ないと、あーんまり楽しくないかもだわ。(期待を裏切られることはあります)
若者よ、旅をする前には下調べぞ。
だからあえて、あえてよ、ペルージャで何を見たかは書きません。
いえ、手抜きではありません。  Ω\ζ゜)かん

でも、明日は期待マックス。
28年ずーっと行きたかった聖フランチェスコのいる夢のアッシジに初めて行きました。

Collegio del Cambioで写真撮影禁止なのに撮影していた女
を撮影してるあたしw
ペルジーノの素晴らしいフレスコ


2015年8月27日木曜日

Journey to Italy 2015 (3-1): Perugia, Umbria

ペルージャ:ホテル編。


領主気取り


あー、さてー(←小林完吾さんお元気かしら)、
みなさんにとって一番日本らしい日本の場所ってどこかしら?
フランス人のお友達が「一番日本っぽい場所はシブヤ。ジャドォシビュゥヤっ(J'adore Shibuya)!ヴォワラ。」って鼻の穴まん丸にして言ってたけど、京都奈良とかじゃなくてシブヤというのが非常に面白いっちゃー面白い、わかりやすいっちゃーわかりやすい。
あたしにとって一番日本らしい日本は、そーさなぁ、山陰山陽(の一部)かなぁ。
有名観光地にありがちなお仕着せがましい雰囲気もなく、わざとらしさがなく、人々のプライドもちょっと高いので表面的な「おもてなし」に燃えてる感じでもない。
独断だけど。
老婆心で書きますが、おもてなしと言いながら外国人観光客を押しすぎると、ドン引きます。外国人にはそこまで手厚くやってあげなくてもいいのよ、そこの女将さん。

イタリア人にとってこの北部ラツィオ州、ウンブリア州はもっともイタリアらしいイタリアということになっているらしい・・・と須賀敦子さんも書いていたような。
人々が適度に気さくで、食べ物が抜群に美味しいとも書いてあったような。
トゥスカーニアから車でペルージャに行く道中ではまるで萩や津和野に向かっているような感覚だったわ。
自分の本当の姿を見つけるために、人はウンブリアの野に旅立つのかしら、ねぇ昌子、教えてちょうだいっ!クリック

今宵のお宿は、泣く子も黙るお城ヴィラホテルのCastello Monteroneさん。
ペルージャの市内から10分ほど行った山の中腹にオリーブ畑に囲まれて壮麗に建っています。

サンセットブルーバードごっこができそうなプール

このホテル、お年寄りとおっちょこちょいにはオススメしません。
というのも、あたしたちの泊まったお部屋は美しい調度品が置いてあって適度にスペースもあり素敵だったんだけど、バスルームに行くのに階段が3段付いてたの。
超アンチバリアフリー。年寄りに真っ向から挑戦状を叩きつけてるような部屋なの。
で、夜中、ジョを起こしたら悪いと思いライト付けず真っ暗なままトイレに行ったら案の定帰りに階段を華麗に踏み外して、階段の前にあったチェストに頭からダイブし足も挫いて倒れてケツもぶつけたという。
ツルっ、ガンっ!グキっ!ドんっ!という自分が体張ってプロデュースしてる音を遠くに聞きながら床につっぷしたあたし。
一瞬大天使ガブリエル様が手を広げてるのが見えた。
1分ぐらい経って、暗闇からジョが「・・・アーユー・・・・・・オケー?」と亡霊のようにベッドの上から動くともなく聞いてきた。
どんなに大きな災難が起ころうが絶対に取り乱さない王様キャラのジョ、お城ホテルにぴったりなのだった。(が、内心はドキドキしまくっているはず)

着いた日の晩は疲れていたのでホテルのオリーブ畑とペルージャが一望できるレストランでディナーをいただいた(虫除けスプレー必須)。
1日目の料理があまりにも美味しく雰囲気もサービスもよかったので、結局二日目もホテルでいただいた。
ここでいただいたロゼの発泡酒が全然甘くなく冷えっ冷えで 、超美味でした。

あぁ、額面を書くのは不本意なのだけど、ホテルにいくら払ったか書きます。
一人300ユーロ。Ω\ζ゜)ち〜ん
夕食も朝食も混みでよっ(注:食事内容によります)。
しかも2泊分よっ!
そりゃ、300ユーロは零細ピアノ教師のあたしにゃ高いわよ。
でも、このクオリティ考えたら超安くね?
スウェーデンの◯ソみたいなホテルでも2泊で食事抜きでこれぐらいするわよっ!
ねぇぇぇぇ。安いって言っでぇぇぇっ。し〜ん。
やっぱ階段で転んでリアル昇天祭になってもいいからまた泊まりたいっ!!!

ちなみに朝食のテーブルにはプロセッコが瓶ごと置いてあった。
お庶民のお言葉で申すと「飲み放題」である。
日本を背負って立つ品格のある旅行者のあたしは、それをたひなめる程度にいららいたのらった。
ちょいと一杯のつもりで飲んでぇいつの間にやらほにゃらららぁっ♪

次回はペルージャの町にレッツゴーッ!

ちょっと甲冑怖い 王様キャラ堪能中

この地方トリュフがよく取れるらしい 
トリュフのありがたさがあんまりよくわからないわ

だが、ステーキのありがたさはわかるw
1キロぺろりと TVチャンピオン出れるぐらいの勢いで食べたw
次回はだし醤油とわさび持参で
iPhoneのフラッシュで撮ったのでドドメ色ごめそ

2015年8月26日水曜日

Journey to Italy 2015 (2): Tuscania, Lazio

遺跡を見た後、1時間半ほどドライブして(馬車馬のようになったあたしは爆睡)、Tuscania(トゥスカーニア)という町に行きました。
「Tuscaniaに行きました」と書くとみなさんから、いやイタリア人からも「トスカーナに行ったのね。あっそ。ステーキ食べた?キャンティ飲んだ?プラダのアウトレット行った?」みたいに思われてしまうらしいけど、こちらはラツィオ州にあるの。
きゃんきょーきゃく=トスカーナとは限らないのである。
あぁ旅の上級者(きどり)。Ω\ζ゜)ち〜ん

前回のJtI2014を読んでくれた殊勝な方(It's YOU!)はお分かりかと思うけど、去年のルートをなぞるように北上したあたしたち。
まるで前回のJtIが3ヶ月前のことのようです。
少年老い易く学成り難しよっ、若者よっ!!


輝くオリーブの森を抜けるとそこはB&Bだった
広大なオリーブプランテーションを敷地内に持つ
Relais Pian di Vicoさんにお世話になりましたぁ。
いい香り
イタリアの豪華なお屋敷を改装しているB&Bの多さにはびっくりしてしまうわ。
こういうB&B、特にイタリアのはサービスが出過ぎず引っ込みすぎずで、どれもいつも肩肘張らない快適さがあってとっても気に入っている(wifiのシグナル強かったら最高だったのに)。
去年も痛烈に感じたんだけどB&Bホッピングするならイタリア語ちょっとは喋れるべきかも。あぁ、ボンジョルノォとアクアコンガースっ!しか言えない自分が悔しいっ。
B&Bのオーナーさんや管理人さん(大体50歳以上の方が多い)が英語が喋れた試しがありません。

朝食風景

何気にこういうの置いてあるのが素敵 カラヴァッジョのやう(自分褒め)

あたし:「ハウキャナイゲットゥーザタウン?(How can I get to the town?)」
管理人さん:「シー。ミキアーマノラウラぁ(あてラウラいいまんねん)。」みたいな会話、しょっちゅう。
ジョがいなかったら多分タウンに行けずに管理人さんの家族の全員の名前聞いて終わってた旅だったかも。
(ちなみにここはTuscaniaから車で15分ぐらいの山ん中にある)

ジョが管理人さんに聞いたところによると、かつてここは(も・・・←クリック)タバコ工場の職員の宿舎だったらしい。オーナー三兄弟は日頃はローマにお住まいだとか。自前のオリーブをつかって食用オイルだけではなく石鹸やシャンプーも作っていらして、添え付けのアメニティーは全て自家製。クラシカルないい香りであたしも一本シャンプー買ってしまった。
敷地内には手入れの行き届いた英国式庭園や思わず溺死したくなるような美しいスイミングプールもある。
チェックイン時間を確かめて、ぜひ最大限にB&Bでのひとときを楽しんでもらいたい。
なんちってw。

鄙びたいい感じのダウンタウン


さて、その後おとずれたTuscaniaのダウンタウン。
まるで映画Life is beautiful(あれの舞台はArezzoだった)のロベルト・ベニーニが「ボンジョールノォ、プリンチペッサ」と言いながらその辺からひょっこり出てきそうな、中世の香り色濃くのこる街だった。
去年行った村Vitorchiano然り、美しい街なのに「売り家」のサインが目立つのが悲しいが、ほかの街よりも観光スポットが多いからか(教会とエトルスカン博物館ぐらいしかないけど)そこまでうらぶれてる感じもなかった。
あたしたちはBasilica di San PietroとSanta Maria Maggioreの二つの教会に行っただけ。
あまりたくさん行くと記憶がこんがらがるのよぉ(京都の寺巡りしてると記憶がこんがらがらへん?)。この二つの対照的な教会だけで十分。
その後ランチして、教会の広場で10分ほど可憐に午睡を、と思ってたら二人で小一時間ほどいびきごーごー、よだれべっちょべちょで大爆睡してしまった。

さて、今夜はウンブリア州の州都ペルージャへ。
あたしにとって初ウンブリアである。略して初ウン。
街には2つ丘がありメインの丘からサン・ピエトロの丘をのぞむ
サン・ピエトロ教会にて 赤いおばさん
光と影がとても印象的な旅だった
中世からあるサンタ・マリア・マッジョーレ教会にて
1971年の地震から復活したがまだ足場が組まれているところもある
ルノアールみたい(自分褒め)
静かな街なのにここだけごったがえしていた
お味最高!!!
Trattoria Alfredaにて
うどんかと見紛うほどの太い麺
こういう「おそうざい感」ってどうしてスウェーデンにはないのかしら

2015年8月25日火曜日

Journey to Italy 2015 (1): Ostia Antica

あぁ、1年以上ぶりブログ。

ハロー!!ドーユーリメンバー ミーぃぃぃ??ローングタイムノーシーっ!!

この1年間、ブログをやめてました。
わざと。
ほんとよ、ほんとっ。大汗。
その理由はいずれ 。
それにしても、一年なんて文字通りあ っという間に過ぎていくんですね、中年になると。
3ヶ月ぐらいしか更新してなかった気がします。

でも長年の友ジョとのライフワーク(ちょっと大げさ)でもあるJourney to Italyはどうしても書き留めておかなきゃいけないような義務感にかられて、誰からも頼まれてへんけどアップします。
ほれ、去年のJourney to Italy(以下JtI)2014を最後にその間示し合わせたようにアップしてないでしょ。
まるでスウェーデンなんかに住んでないみたいでしょ?(Did I just say 「スウェーデンなんか」?)
そこになんらかのコンセプトがあるかのように感じてしまうでしょ?ww

べつに(エリカ様風)。

観光客がほとんどいません 自分探しの旅のお方でしょうか キャナイジョインユー?!




さて、1日目:8月25日。

オスティア・アンティカ。

フィウミチーノ空港に降り立った瞬間迎えに来てたジョとそのままオスティアに直行。
空港から15分もかからない。(ジョはピサから3時間のドライブ、あたしはコペンハーゲン空港から2時間10分でかっ飛ばしてきた。)
実は去年のJtIの初日にこのオスティア・アンティカに行ったら月曜日だったので定休日で閉まってたの。
あの 日は地面が揺らめいてるほどの酷暑だったので、閉まっていたことに内心ホッとしたの覚えてます。
今回も暑かったけどそよ吹く風もあったので心地よく遺跡めぐりができま・・・と、言いたいけど、このオスティア・アンティカ、ヴェスヴィオ 山の噴煙で埋もれてしまったあの有名なポンペイの町ぐらい広大なので、最後のほうはここはどこあたしは誰あれは何おす〜ん!がぁぢゃ〜ん、だった。
結局一番奥の区画までは足をのばせなかった。
なんせ2世紀(A.D)頃には人口5万 人いたというぐらいだからデカいはず。
ポンペイもそうだけど、このローマ帝国時代の都市文化の発達度ったら、形容ボキャ少なめでごめんなさいけど、absolutelyスゴいわよねっ。
こんなにも栄えてたのに10世紀頃には港が他の場所に移ったので放置されてしまったことにも悲しいものを感じます。
ちなみにこの町は天災に見舞われたわけでもなく、自然に無人になったそう。
「あぁ、俺たち自然消滅っすねぇ」と恋人との別れを語った若者を思い出す。ちなみにこれ誤用じゃね?ま、いいけど。

2000年前なのに、劇場、マンション(アパートメント)やショットバー、コンビニっぽい店、水洗トイレ、銭湯、やばい銭湯、全部揃ってるのよ。
2世紀ごろメキシコのテオティワカンで明日も太陽が出るように毎日人を生贄にして神に捧げてた頃(1日やめてみるってできなかったのかしら?)、一歩先行くローマンズは風呂入ってショットバーで一杯ひっかけてねえちゃん(にいちゃんも)をマンションにお持ち帰りしてたんだから(想像)、ところ変わればですね。

テルマエ・ロマエで有名なアイデア マンでおしゃれ、男色の ケMAXのハドリアヌス帝(あぁあの俳優さんあたしゃ好きなんだけどあの役はやめて欲しかった。っていうかあの映画自体・・・以下自粛)の時代にもっとも繁栄を誇ったらしく、朽ち果ててるのにもかかわらず当時のソフィスティケートされた雰囲気が2000 年の時を超えてもなんとなく伝わってきます。
最後綺麗に決まりましたw

詳しくはwikiで。

今夜はTuscaniaという町のお屋敷B&Bへ。

胸踊るタイル張りの床 上流階級の家


ネプチューン浴場



公衆トイレ 並んで座るのか立ってするのかわからず
古代ローマと同じ光
閉園間際、足が棒になるまで歩きました
遺跡より食い気 OstiaにあるRistorante Monumentoさんにて

2014年8月22日金曜日

Journey to Italy 2014 (10): Villa d'Este

ジャーニーtoイタリー2014年の最終回です。
最後まで目ぇチカチカさせながら読んでくださってありがとうっ!
たくさんの方に読んでいただいて、書いた本人ビックリしてます。
人気ブログ登録するべき?がははは。



さて・・・。
地震の街、ラクイラでどーーーーーーんと落ち込んだあたしたち。
高速道路ではムッツリ押し黙ったままだった。

が、「ティヴォリはこの出口」っていう標識を見た瞬間「ティヴォリのエステ荘に連れてって!!!(原田◯世風)」と叫んだのであった。
噴水で誉れ高いルネッサンスのヴィラ「エステ荘」でこの旅をしめる事にした。
コモ湖のエステ荘(☜クリック)何度も行ったけど(おほーほーほー)、こちらの本家本元には行った事なかったの。

ところでみなさん、リスト作曲の「エステ荘の噴水(巡礼の年第3年)」って曲ご存知?
日本の音大時代、この曲をレッスンの受けてる子が師事していた先生からあたしの目の前で
「これはイタリアにあるエステ荘っていう貴族の別荘にある噴水を模した曲なのよ。あなたエステ荘の噴水見た事ある?写真ぐらいは見ておきなさいね。」って目の前で言われてたの覚えてる。
でもこのエステ荘の噴水、行かれた事ある方は知っていると思うけど、写真なんかでは到底言い尽くせない圧倒的な凄みがあるのよ。
庭にある一つの噴水が優雅で素晴らしいのかと想像してたら、とんでもない。
優雅どころか、庭のいたるところから水がだーーーーーーっ!!!っと垂れ流し状態で出てるの。
ジョが何言ってんのか聞こえないぐらいの轟音が広大な庭中に鳴り響いていた。
すごい高さまで消防車みたいに吹き上げてるのもあれば、カーテンみたいな滝のもあり、影に隠れた小さいのあり、オルガン付きのあり、洞窟あり・・・。

巡礼の年というそのタイトルも厳かな曲集の中の一曲で、美しい女性ピアニストが良くお弾きになるので勝手にフェミニンなイメージがあったけど、本物はその曲のイメージとちょっと違った奔放で男性的なものだった。
例えは悪いけど、可愛らしいしょんべん小僧見に来たつもりが、行ってみたら100人の美しい男性が一斉に笑いながら放◯してる感じよ(私感ですw)。
その広壮さだけじゃない、これでもかというぐらいの精神の開放感よ。

「こんなにたくさん噴水があってしかも隠れる場所もあって・・・。絶対にそのあたりで官能的なことしてたよね。うふふふ。」

「・・・・当たり前でしょ。それしないでほかに何するの?いい年ぶっこいて子供みたいなこと言うなー。」

なんて会話ありーの。

昔の貴族は逢い引きの後はその庭のそこかしこから出てる水でちょちょっと部分的に洗浄して、何食わぬ顔して屋敷にもどって舞踏会していたのであろう・・・な。
西洋のエロスは結構判りやすいのであったw
Ω\ζ゜)ちーん

ルネッサンスの人は口では言わずともいろいろ想像させるから素晴らしいのよ


前回のブログから引き続き言わせてもらうけど「本当のことは行ってみないとわからない」もんだわよ。

ラクイラでどーんと来てたのに、ちょっと元気になった・・・の通り越して、いやだ、あれぇぇぇ。

し〜ん。

大体クラシック音楽って(たとえそれが表題があったとしても)、「噴水を模した曲」みたいに表層的な言葉で簡単に言い表せるものではない(誰が聞いても噴水みたいな曲ってわかる)。
大作曲家が作品の中に密かに込めているものと(思われるものと)、ちっぽけすぎる自分の感覚がちょっとでも合った時ほど嬉しいものはない。
が、この心の中にぽっと灯るような感覚はもちろん言葉では表せない。
ちなみにラヴェルはこの「エステ荘の噴水」を模して「水の戯れ」という曲を書いたが、それにはエステ荘とは違う種類の色の水が描かれているけど、それが何なのか、渋沢龍彦じゃないので、さらにもちろん言葉では表せないww
言葉にできないから音楽なのだ。うん。
是非聞いてみて♡


今回のジャーニーではイタリアという結構知っていたはずの国の、洗練された都会にはないつつましやかな側面やら、とてつもなく深刻な一部分も垣間みれたのが何よりもの思い出です。
金満的でファビュラスなミラノのモンテナポレオーネや美味しい食べ物だけじゃなく、「どげんかせんといかん」ところはこの国には沢山あるのね。
どの国も同じでありんす。

1週間も一緒にあたしみたいなもんと旅をしたくれたジョの、今まで知らなかった部分(性格よっ!!!)も発見したのもビックリ。
20年も知ってるのに(吐)。
友人と旅をしてみると、その人のいつもと違った一面が思わぬところで抽出されるから面白いねー。
それが今回みたいに素敵な部分だけ浮き立つようだったら儲けもんだけど。
(だから成田離婚もあるんだわねー。海外に行く前にまず国内旅行しなー。)
そんなジョは最近毎日のようにイタリアからテクストしてきて「あの旅を思い出すと泣けてきちゃう」って言う。
あぁ、よろしかったことで 〜〜〜〜〜(/ ̄▽)/ 〜ф"


もしかしたら今回の旅で一番の収穫は、イタリアやジョの良さだけではなくスウェーデンの良さすらもちょっと判ったことかも・・・。
「どけんかせんといかん」部分が表立って一切見えないスウェーデンって、ある意味すごくない?!(食べ物ぐらいか・・・し〜ん)

あぁ、旅はするもんである。



夕陽がおちる。エステ荘の噴水の最後の8小節のイメージ・・・

あたしはこのクラウディオ・アラウの弾くエステ荘(☜クリック)が一番好き。
言えばミスが多少あるかもだけど、それでも大好き。
1音1音くっきり弾かれた音符が人間の脳が解析できるぐらいの優しいスピードで断続的にやってくる。
これぞ水。これぞハンマークラヴィーア。
アラウはゆっくり過ぎて嫌い、などとのたまうやつらは野暮の骨頂です。