2010年7月30日金曜日

カミーユ・シルヴィ展




19世紀のフランスの写真家カミーユ・シルヴィの展覧会を見にナショナル・ポートレート・ギャラリーへ。
みれいゆに誘われるまでこの1800年代に生きた写真家のことなんてまったく知らなかったあたし。
写真をきちんとに勉強するなら知ってなきゃいけない人らしい。


ロンドンのBayswaterにスタジオを構え、さまざまな人達(金持ちから庶民、俳優など)の肖像画を撮っていた。
それらがたくさん展示されていたけど、あたしはこれ↑が一番好き。
1859年のロンドン。その日その時の匂いまで伝わってくるようじゃない?
まだシャーロック・ホームズが山高帽かぶって街を闊歩する前のロンドン。
1859年といえば井伊直弼大老が桜田門で暗殺される一年前。
(1860年=人はムレムレ、桜田門うふ♥って覚えたわ)
んまぁ、バテレンの國はまんずまんずえろう発展すてたんだべなぁ・・・。
セピア色ながらそのプリントの美しさはまるで昨日撮られたよう。

この展覧会を見た人は彼の写真集が15ポンドで買えます。
あたしも感動を家でも味わうため買いました。
が、家に帰って開けてびっくり。展覧会で直接見るのとは大違いなのよ。
美しい陰影が平均化されちゃって、イマイチ感動できませんでした。
というわけで、そのプリントの美しさに触れたいなら皆様是非足をお運びください。(10月まで)

2010年7月25日日曜日

夢の如し

王立植物園(Kew Gardens)の睡蓮
極楽がこんなところだったら
暑くて死んじゃう(死んでるか)


花の都パリから帰ってきた途端、東京で親しくさせていただいていた方が癌で他界された。
それに意気消沈していたところ、これまた麻布で近所に住んでたアメリカ人のゲイ友が渡航先の南米で亡くなり、あらためて人生の儚さを噛み締めています。
東京の友人のほうはお会いするたびに「まぁちゃんのブログは面白いなぁ。」なんて言って下さっていたので、なんだかやるせない気分でアップする気にならなかったのよぉ。 
しかも今年になって病気で高校時代の同級生が二人も鬼籍に入られ、嫌がおうにも「死」について考えてしまいました。
死そのものについて考えたというよりも、あの人達はもうこの世にいないんだということを納得しようとしたのかも。 
近しくしてた人達の心臓の動きが停止し、もうその肉体を見ることがないという事実が自分の中でどうも実像化しない。
なんだかまだ夢見てるみたい。
というよりも、今生きているこの世界自体が夢なのではないかしら。
夢だったとしたら、なんだか随分つまらないことにばかり悩んでる夢だわぁ。
なさけない・・・。
亡くなられた方の魂が安らかであらんことを・・・。

2010年7月8日木曜日

トラウマ de Paris


錠を付けるとカップルが永遠に結ばれるって場所多いわよね
ヴェロとスティアンの未来に幸多からんことを


パリのメトロの出口。
普通の東京とかでよく見る地下鉄の改札もあるのだが、場所によっては出口のみ観音開きの扉になっているところもあって、扉が開くまで向こう側が見えない。
深夜0時。
その出口から出るのはあたしだけのようで、辺りは気味が悪いぐらいシーンとしていた。
階段を駆け上がり、出口へと急いだ。
その前に立って扉が開いた瞬間、
185センチはあるかと思われる巨大なおっさん顔の黒人の女が目の前にいきなりぬぅっと出現したかと思うと、
「メ゛ル゛スィ゛ー!ふぉっ、ふぉっ、ふぉぉーっ!」 
とゾウさん(ダークダックス)のような声で叫びながら小枝のようなあたしを突き飛ばして轟音と共に走り去った。
要するにただ乗りしてるってことなんだけど・・・ずるいやっちゃ。




↓まるでこんな感じだったのよ
 (マエカワ+イカリヤ)÷2って感じすよね


すんでのところで心臓発作で「パリにて客死」となるところだったわ。
墓場で死人に語りかけてたほうがマシだわよぉ。
生きてる人間こそ、怖いのよぉぉぉ。


どーでもええんで、てきとーに、せらび。

 美しすぎて気が狂いそう

2010年7月7日水曜日

墓参り de Paris

「こころはニューヨーカー」などと言った後、僭越ではありますが、やっぱしあたしゃどないもこないもなくパリが好き。

その辺のなんてこたないパティスリィで売ってるサンドウィッチの美味さに感嘆して、絶叫したわよ、ラ・セーヌで。

「このサンドウィッチの美味さは100年経ってもロンドンはマネできなーいっ!(イナバの物置とは違うのよ)と。

叫んでるそばからジャン・リュックとギョームに「比べなや。」って突っ込まれたわ(フィクション)。
2時間で行き来できるとは言え、ドーバー海峡は思ったよりも幅広なのであった・・・。

パリに生き、パリに愛された先人達にペール・ラシェーズ墓地に行って「パリに生きるとはなんぞや」という意見を伺うことにしました(しゃらくせぇ)
パリに埋葬されるってだけでエラいドラマチックとちゃう?
死んでもなお「人生劇場」終ってないっていうか・・・。
ずるうぃっしゅ。

 ドアーズのジム・モリソンの墓
 墓荒らし防止に柵が張ってある 
パリ在住4ヶ月でパリに死す


ここも大人気(?)のショパンの墓
今年は生誕200年
このまえ「没後150周年してたやろ」っていうツッコミ勘弁


  恋愛と芸術に生きた画家モディリアニ
彼を追って彼の死の二日後に自殺した妻ジャンヌと埋葬されている 
墓石に向かって「元祖イケメーンっ!」と叫んだが返事なし


キスマークに覆われたオスカー・ワイルドの墓石
ホモ冥利に尽きる
あたしの墓にも是非
でも変なもんくっつけんとってや


あたしゃ寺育ちということもあり、墓に行くのに抵抗なし(日本のお墓の隣に住むのは嫌だけど)
墓地に行くとなんだか知らないけど、心が落ち着くのです。
ちなみに「あたしお墓には行けないのぉ。行くと霊が付いて来ちゃうのよぉ。」なんて方がいらっしゃいますけど「生きてる人間も付いて行かないお前に、霊が付いて行くかYO。」って言いたかった時数えきれず。(霊にも選ぶ権利をっ!)
ペール・ラシェーズでは(モンパルナスでもそうだったけど)墓石に座って歓談している人とかもいて、お墓に対する考え方が違うのにはびっくりね。
「化けて出る」って感覚はあんまりないみたい。
特にここはセレブ(超一流の)の墓が多いから訪れる人も絶えず、「良い気」すら感じるわ。
あたしが死んだらピクニック気分で墓石にでも座ってマターリしてくれたら嬉しいなぁ・・・。
座れるようなデカい墓石は買えないと思うから、そしたら是非墓石をツーケーに突き刺してゆっくりしてってちょうだい(予算の都合上三角錐の墓石になると思う)

パリに生きること・・・。
墓に聞いたけど結局わからへんかった・・・。
死人は静かに眠るのみ。
パリに生きることが恋愛や刹那に生きるということであれば、やっぱりあたしにゃ質実剛健なロンドンがピターリね。
エディット・ピアフやセルジュ・ゲンズブールのように生きるのにはものすごい労力がいるのであるからして。

2010年7月1日木曜日

心はまだニューヨーカー


ニューヨーク州の運転免許証が更新されてやってきた。
いろんな手を使って(本当はNY州に住んでいないと収得は難しい)取ったから喜びもひとしお。
ちなみに写真は14年前に初めて免許を取った時のまんまってどうよ。
しかも一生涯写真はそのままで良いってどうよ。 


あたしとニューヨークを結ぶものはこの運転免許証だけになっちゃったけど、まだソウルは太い糸でつながってます。


っていうか、日本、アメリカ、英国の運転免許証所持してる俺ったら、男っぽくね?
いやん♥