2012年5月19日土曜日

ルイジアナ♡

ツツジ咲き誇る


お天気が良かったのでおさーんとルイジアナに行ってきました。

と、言ってもルイジアナ州じゃなくて、デンマークにあるルイジアナ近代美術館よ♡
スウェーデン人や在瑞日本人のみなさまから「えぇ?ルイジアナ近代美術館行ってないのぉ?!ダメよ、行かなきゃっ!」と散々言われたので重い腰をあげました。

マルメから電車に乗りヘルシンボリまで行き、そこからデッカいフェリーで(船着き場直結)対岸のヘンシンノアまで行きます(所要時間たったの20分ぐらい)。
そのフェリーで皆さんは示し合わせたようにビール飲んでホットドック食べてます(爆)。15分おきに出ているので大変便利。
ヘルシンノアの船着き場の真下にあるヘルシンノア駅からまた電車に乗って3つ目のHamlebaek駅で下車(約10分ぐらい)。
そこからサインにしたがってひたすら水戸黄門みたいに1キロ歩きます。
Ω\ζ゜)ちーん
ちなみにマルメからだとコペンハーゲン周りの電車で乗り換え無しで行く事ができるんだけど、フェリーに乗ってみたかったので老体には厳しいがわざわざこのルートにしました。

行く前からこんなに疲れちゃったら美術館どこじゃねーじゃんっ!こんなんで国際秘宝館みたいだったら怒って帰るわよっ!などと毒付いてたのに、来てみてそのあまりの美しい景色を目の前にしたら心も暖かくなるのが人間ってもんじゃないの、え?

この駅で降りてね♡

駅から美術館への道中には可愛い家々が
やっと着きましたっ
コロニアル調の創始者の家屋
おや?海に向かって人垣ができている。これもアート?(牧瀬風)
近づいてみたら沢山の人が一点を見ていました・・・その先には(ウザい牧瀬風)
野外の能の舞台を思わせるセッティング

折しも野外舞台ではDanish Dance Theatreの公演中でした。
対岸のスウェーデンを望みながらしばしば美しい人達(OMG!)の踊るダンスを鑑賞。シュールレアリスティックな光景。

お庭に鉄製の狭い歩道があって、それもアートだった♡

その道の向こうからおいでおいでとする人がいる ( ̄▽ ̄;)

館内撮影禁止とは知らず撮ってしまいました。ごめんなさい。

館内もかなり広く、昨日はWomen of Avant-gardeというエキシビションしてました。これがファビュラスだった。ピカソの「泣く女」のモデルとして有名なドラ・マールの作品もあって、彼女も才能のある写真家だったことが判りました。

おさーんがいたから一個一個に集中できずざーっと見ただけ(涙)。
ここは一人でじーっくりと来なきゃいけないわぁ。
一日中いるつもりで来てもいいと思います。ダンスやコンサートと合わせての美術館鑑賞がよろしいかと。
それにしてもなんちゅー風光明媚なところに美術館を建てたのでしょう。
足の疲れも忘れ、心がとってもリッチになりました。
夏のうちにもう一度来ることを心に誓い、同じ家路を辿って帰ったのでした。

ちなみにこの「ルイジアナ」という名前だけど、創始者(Alexander Brunさん)が結婚した3人の夫人達の名前が全てルイーズさんだったかららしい。
そんな偶然ってあるんか?
寝言で「うぉぉぉルイーズぅぅぅ♡」って言っても疑われないだろうから、便利でいいわねー。

カフェで超ウマのイチゴタルト。お約束♡
また来いよぉ、とモービルに手を振られ♡

2012年5月16日水曜日

知らなかったよ、地下鉄


「北欧のパリ」と言われてるが、頑張ったら言えなくもない。

マルセイユ在住のマリーがコペンハーゲンに仕事で来たので会いに行って来た。
マリー:「じゃぁ地下鉄の駅に12時ね。」
あたし:「地下鉄?地下鉄ってS-togとかいう郊外電車のこと?」
マリー:「違うわよっ!地下鉄よ。メトロよっ!」
メトロ(☜クリック)があっただなんて聞いてねーよ。
しかも始発がコペンハーゲン空港だっていうじゃないの。
空港に何十回と行ってるのに、どうして地下鉄の存在を今まで知らなかったのかしらっ?マルメに引っ越してくる前にいろいろリサーチしたのに、なぜ見落としていたのか、自分のリサーチ力の弱さにかなりショック。北欧に来るのが初めてのマリーに教えられるなんて・・・。(ちなみにうちのおさーんも知らなんだ)
うちの最寄り駅とコペンハーゲン中央駅のちょうど真ん中にある空港駅でその地下鉄に乗り換えると、なんと乗り換え含めて40分程度でコペンハーゲンの中心Nørreport駅まで行けてしまうのだった。しかも頻繁に出ているから超便利。
今までNørreport近辺まではうちから中央駅まで行って、そこからさらに20分強も歩いていたのにっ(合計で約1時間+疲労)。 
マリーが来なかったら、今でも知らずにえっちらおっちら歩いてるはずだわ。
なんだか金塊を掘り当てた気分で、すごく嬉しいわーっ(*^o^*) 
メルシー、マヒーっ!(☜べたなフラ語)

小径に入ったらこんな綺麗なお花が


大きな街に住む最大の喜びは日々いろいろな発見があることよ。
その最たる好機をもたらしてくれる街はロンドンではないかしら。ロンドンはその都市部の面積もさることながら、その中のストリートも未知数にある。入ったことない小径をちょっと入ると想像もしてなかったような新たな発見が必ずある。
あたしもロンドンから離れる直前、カズちゃんがそれまで行ったこともない美しい小径に連れて行ってくれて、彼の地を去ること、なのにまだまだ知らないロンドンがたくさんあることに気づかされて地団駄踏んだもんよ。
それと直角に伸びてる道は頻繁に通っていたのに、おかしいもんだわ。

関係ないけど、この世には二通りの人間がいて、 その自分の前にある小径に入ってみる人間と小径には気づいているはずなのに決して入らない人間だ。
前者はあたし(カズちゃんが教えてくれた道を知らなかったのは最大の不覚w)。
後者はべつに新しい発見など知らなくても生きていける人達なのだろう。
あたしゃ死ぬまでその曲がったところにある小径に足を踏み入れ、日々新しい発見がしたいなぁ、とええ年して思っている。

それにしても、地下鉄の存在すら知らなかったコペンハーゲン、まだまだたくさん発見がありそうだわーっ。
楽な行き方も判ったし、もっと頻繁に行こうっと。(電車代が高いのが玉にきず)

ちなみにコペンハーゲンに行く時は「デンマーク用お財布」を持っていきます。
こんなにすぐ行けるのに、通貨は別。めんどくせーっ。
しかも隣接してるのにデンマーク語が喋れるスウェーデン人、またその逆もあまりいません。不思議ぃぃ。
だから皆さん、北欧を一緒くたにしないでね♡

マリーにコペンハーゲンの基本観光地を見せてあげた、がっ!人魚見せるの忘れたっ!



2012年5月13日日曜日

初ハウスウォーミング♡

接待に忙しく一枚も写真撮らず。お友達のYOSHIKOさんが撮ってくださった一枚です。


過去5年で3回も引っ越したあたしたち。
仮アパートを入れたら5回である。

この度スウェーデンに引っ越してきたのを機に生まれて初めてハウスウォーミングパーティ(引っ越した時に皆さんをお招きして家を暖めてもらうという主旨から来た名前)をすることにしました。
過去にハウスウォーミングパーティをしたことなかったからこんなに頻繁に引っ越しを繰り替えしたのじゃないか、とも思ったので。

隣人、おさーんの同僚とその家族、あたしの数少ない日本人のお友達を呼んだらなんと約40人も来て下さり、非常にありがたかったです(大涙)。
隣人も来て下さった人達は皆さん良い方達で、ほんと良かったぁ・・・。
これからディナーやり合いましょうねぇ、とも言って下さった(涙)。

7時半にスタートしたんだけど、なんと最後の一団が引き上げたのが午前3時。
「もうそこに寝て行けっ!」というあたしを振りほどきみなさん千鳥足で帰っていったのだった。
家も充分すぎるほどに暖まりました。ありがとう♡

それにしてもよ、スウェーデン人ったら酔っぱらったらすごく陽気になるのね。
特に女。
最後はスカートまくりあげて、頼んでへんのにパンツ見せて踊り出す始末よ。
あたしゃそんな女性の皆さんから口チューされて、なんかビミョー Ω\ζ゜)ちーん
女性の唇って数々のフランス文学にも謳われているように「花弁みたい」なんだなぁ、と冷静に分析してしまいました。男子はあの感覚が好きなのか、うん。
あたしもあのデリケートかつ「ぬめやか」な花弁っぽいタッチを再現できるように頑張ろう(意味不)。

バイザウェイさぁ、男子は酔っぱらっても誰もあたしにチューしてかなかったのって、これ、国際平和的観点からみて由々しくないか?

2012年5月8日火曜日

そしてワイナリーへ

シチリア編、今日で最後よ。



4日間、学会でほぼ研究所に缶詰だったおさーんとその同僚、そして欧州各国から集まった学者たちがシチリアを観光できたのはたった一回だけ。
エトナ近くの山の中腹にあるワイナリーに行った時のみ。

大型バス貸し切って行ったのだけど、途中の道が細すぎてしかも崖すれすれのところを登るもんだから、生きた心地せず。
カーブの際、前輪と後輪はとりあえず道にのっかってるのだけど、その間のバス本体の下は崖になった時はサンタマリア(ゆーすけじゃないほう)に般若心経外輪差編唱えました。
(-人-)ナームー...
 「とりあえずタオルミナは見といて良かった♡人って死んだ場所で生まれ変わるのかしら。だったらラッキ♡」な〜んてことまで頭をよぎる。
 でもさすがイタリア。運ちゃんのハンドルテクニックは最高♡

そんな命がけ(爆)で行ったこのGambinoワイナリー、ご期待にもれずファビュラスだった。
季節外れに行ってしまったので、ぶどうの「ぶ」の字もなってなかったのは残念だったが、美味しい4種類のワインの全部を試飲しました。
ちなみに今回のシチリアの旅で大変お世話になったこの素晴らしいサイト(☜クリック) にも載ってます。
ワインのことはよーわからんからここ読んどいて、手抜きデゾレ。
(『人里離れた不便なところにあるにもかかわらず』って書いてあるけど、ほんと、不便よ。)
ちなみにここには書いてないけど、そのオーナーのフランチェスコさん(写真参照)イケメンです(旅の情報ブログ)。



初めておさーんの新しい同僚と長い時間ご一緒させていただいたのだけど、おさーんがスウェーデンという新しい土地で良い人達に囲まれて仕事していることがわかったことが、タオルミナの絶景と並び今回の旅の一番の報酬だったような気がする。

この物理学者の人達、人の良さもさることながら、
とにかく気が長〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜いのよ。
何があってもキリキリ文句を言う人なんて一人もおらず。
帰りに乗るはずのCimberという飛行機会社がいきなりその日に倒産して、日程通り戻れないかもしれないのに「なんとかなーるさー」。ホテルのあーんまり美味しくないパスタ(バイキングだったので超柔らかく茹でてあった)喰っても「おーいしーねー」。「あんたたち、絶景のタオルミナ見なくていいわけ?!」ってあたしが興奮して言ってるのに「ま〜た今度ね〜」。カターニア空港でお迎えのバスが来ずそこでずーっと「来な〜いな〜」。それでそこに1時間半も待ってたという(結局来ずタクシーで。はよせーっ)。究極はバスが崖すれっすれやのに隣でルービックキューブやっとるやつ。「1分でできちゃった」って、おいっ!(つか、1分で全面揃えるのすごくね?)
自分(おさーんも)の普段の適度に気ぃ短いのがなんかバカバカしくなってくるやん。
ちなみにあたし、タオルミナに行くバスが10時発なのに実際に出発したの10時40分(始発なのに)。それをある学者様に言ったら「11時のバスが20分前に出たと思えばい〜いじゃな〜〜〜い。」て、ふむふむ、ものは考えよう・・・て、どつくで、しかし。 みっちぃかっ!(☜うちネタごめそ)

こんな感じなので、4種類のワイン飲んでそれに順位を付けるというイベントも
「全部美味しいねぇぇぇ。」という感じで企画倒れになったのだった。
(-人-)ナームー...

気が長いことというのは、頭の良い人には不可欠なエッセンスなのでせうか?

みなさま、心の洗濯のために、お誘い合わせの上是非ともシチリアに行ってみてください。
ええっ?金はうなるほどあるけど時間がないですって?!
だったら、伊勢志摩へ Ω\ζ゜)ちーん
ワイナリーはないが、ほぼ同じ感動度ではなかろうか。
(男子も濃いわよ)


2012年5月7日月曜日

我が心のタオルミナ

まるでうそみたいに完璧な景色だった

『わたしの名前はスーザン・ラパグリア。
生まれも育ちもブルックリンの68歳。現在はロングアイランドのミネオラに車のセールス業を退職した同じくシチリア系の主人と二人暮らし。息子二人はそれぞれ弁護士、投資銀行家として成功してマンハッタンでバリバリ働いています。
今回生まれて初めて祖父母の故郷であるシシリーにやってきました。

合衆国にありながらブルックリンのベンソンハーストというシチリアの伝統をそのまま持ち込んだような場所で育ったあたしは若い頃からそこにある重苦しい因習に反発するように生きてきました。ゴッドファーザーの愛のテーマなんてラジオで流れようもんなら即消してたわ。マフィアだのなまけものだの、シチリア移民ってだけで心ないことを言われてイヤな思いもたくさんしました。
自分の中のイタリアやシチリアを否定するように生きて来たからこの年までこのシチリアを訪れなかったんだと思います。
いや、本当は自分の中のシチリアの血に目覚めてしまうのが怖かったからかもしれないわね。
とにかく若い頃はアメリカに「同化」しようと必死だったからあたしが30代になるまで生きていた祖父母からシチリアの話、移民して来た時の話すら聞いたことがなかったの。ただ移民してきてちょっと小金を稼いだらシチリアに帰るつもりだったのにそうこうしているうちに世界大戦が始まってイタリアとアメリカが敵国になってしまったからついぞ帰るタイミングを逃してしまった、みたいな話はうっすらと聞いていたわ。祖父母は結局シチリアに一度も帰ることなく天に召されました。「いまさら帰ったところで知ってる人が生きてて私達を出迎えてくれるわけじゃない」が祖父の口癖だったわね。

祖母が亡くなる前に「タオルミナへ行きなさい。あたしは死んだらタオルミナに、あのイオニアの海に帰るんだよ。ベッペもチーチョもジーノもみんないなくなったけどその魂はタオルミナに帰ったのよ。スザンナ、あんたは生きてるうちに行きなさいね。」とうわごとでしきりに言っていました。

それから子育てやら主人のビジネスの手伝いやらで泣いたり笑ったりてんやわんやのまま30余年があっという間に経ってしまいました。

今回、成功した息子達がお金を出してくれて、なんとビジネスクラスなんていうのに乗って主人と一緒にこのシチリアまでやってきたの。あそこまで背中を押されたんじゃ断れないわねぇ。12時間の長旅でしたが祖父母が辿ったタオルミナーナポリージェノヴァーニューヨークの行程に比べたらなんて便利な世の中になったんでしょう。

そして今こうやってタオルミナの古代ギリシャ劇場から紺碧のイオニア海を眺めて一瞬にして全てを悟りました。
祖父母が貧困の為に後にせざるをえなかったこの景色、彼らの両親と祖父母との永遠の別れ、そのえぐられるような気持ちとそれに絡まるようにしてある新天地に対する甘美な希望。
そしてわたしは自分の中にまぎれもなく流れるシチリアの血の熱さまでも知ってしまったのです。

死ぬまでにこの景色が見れたこと、サンタ・マリアに感謝します。
そして100年前とまったく変わらない景色をとどめておいてくれたことにも。
多分あたしはニューヨークで死ぬのだろうけど、きっと死ぬ前にここで見た噴煙たちこめるエトナと絵の具を流したように碧いこのイオニアの海を思い出すんだわね。
そして、魂は祖父母や両親がいるここに帰依するんだわ。
あぁ、そうだわ。この景色、毎日機械みたいに働いて自分たちは完全にアメリカ人だと思ってる息子達や孫達にも見るように言わないといけないわね(笑)。幸せはお金で買えると思ってるふしがあるのよ、あの子達。

どうしたのかしら。涙が滝のようにこぼれてきて前が見えないわ。

シチリアの血は引いていなくても、この景色を見て泣かない人はいないと思いますけどね。あなたも愛している人にこの景色を見せてあげるといいわね。』


完全フィクションです(汗)。
でもシシリアンーニューヨーカーの初老の団体が円形劇場にいらっしゃっいました(タオルミナはアメリカ人の団体客がすごいの)
その中の一人が「この景色をグランパやグランマは知ってるのね!ダディやマミーにも見せたかった。まさにこの世の天国ね!こんな綺麗なところ見たことないわ。」としきりにキツいニューヨークアクセントで廻りの人に言いながら泣いていらっしゃいました。
それから構想して勝手にこの話作ってみたんだけど、当たらずとも遠からずではないかしら。
あたしも思わずもらい泣きしてしまいました。アメリカ人のおさーんが聞いてたら号泣してたでしょう。あー、一人で良かった(爆)。
いや、でもまさかこんなところで泣くとは、お釈迦さまも予期してなかったわー。

シチリアに行ったら絶対にタオルミナに行くべきと言ってくださったツイッターのお友達とジョヴァンニに心から感謝します♡

ちなみにこのタオルミナの小さな街は1世紀も前から周辺の村々の貧しさにも関わらずドイツ人やイギリス人のお金持ちや芸術家の保養地として有名だったそうです。今でもカプリ島やポジターノと並んで南イタリア有数の高級リゾートとして世界のセレブリティの往来がたえません。
映画「グラン・ブルー」や「太陽がいっぱい」はここで撮影されました。

2012年5月6日日曜日

カターニアでの秘め事

おさーんの学会がシチリア島のカターニアであったので、それにちゃっかりと同行しました。
いろんな人から「シチリアに行ってもないのにエラそうにイタリアを語るなっ!」と言われていたので、やっと行けてこれで世間様に面目も立ちます(意味不)。
とは言いながら、シチリアに関しての知識は「おマフなところ(☜わかる?)」「パレルモ」「エトナ山」「魚介類が美味い」ぐらいしか知らなかったわたし。
それぐらいの知識しか持ち合わせてなかったところで、まさか号泣するとは・・・。

ちなみに哀れなのはおさーん。
4日間でおさーんがカターニアを観光できたのは学者のみんなでエトナ山のワイナリーに行ったのとスウェーデンに帰る前の2時間のみ。
ほぼあたし一人での観光となりました。京都ぉ〜大原三千院〜〜♪

夜のドゥオーモ広場


コペンハーゲン空港を早朝6時45分に出発(家は5時出発)。ミュンヘンで飛行機を乗り継ぎ(Air Dolomitiって航空会社初めて聞いた)、カターニアの空港についたのはほぼ正午。ちなみにこのエア・ドロミティですけど飛行機も綺麗、イタリアの会社なのに(失敬)サービスも抜群、すっちぃ達のオパイもデカかたあるよぉ(無駄)。

おさーんは着いたその足で学会へ直行。なんでこんな風光明媚なところで学会せなあかんのんよ。まるで蛇の生殺しやん。
わたしはそんなことには我関せずでカメラを首から下げて、お約束ジャパニーズ観光客ルックで街を散歩。
がはは。

すごい落書き


街のあちこちにイタリアにありがちな派手な落書きがあって、薄汚れた街に妙に一体化していて、これがなかったらひょっとしてこの街は逆に面白くないんじゃないかしらと思わせる説得力。
街自体は老朽化してて一瞬汚く見えるんだけど世界遺産に登録されているだけあってゴミは全然落ちてません。
2時間も歩いてたら街にも段々と慣れて来て、バルセロナみたいに後ろからスリに襲われるみたいな危機感もまったく感じませんでした。(でも油断は禁物よ、皆さん♡)
ちなみに物乞いはうざいぐらい沢山います。
さらにちなみにカターニア、シチリア第二の都市らしいけど、かなり大きい街です。マルメと人口がそんなに変わらないはずなのに、街の規模も活気もまるで違います。

街中にこれでもかというぐらいアランチーニを見かける


そやけど、このシチリア。聞きしに勝る「濃さ」やわっ。
気温23℃。
いきなり夏服で脂肪を燃やしてる時間なし。 Ω\ζ゜)ちーん
ラテン独特のカオスが太陽と空と海の青さと一緒にぎゅっ!と詰まっていて、想像してたちゃー想像してた通りではあるw。あの洗練されたミラノが同じ国にあるとは思えない良い意味での素朴さがあります(☜言葉選び中)。
でもみなさん、その辺のカフェ(と呼ぶには垢抜けない感じだけど)にひょいっと入ってアランチーニ(ライスコロッケ)でも食べてごらんあそーせ。その安さとおにーちゃんたちの人の良さにコロっといっちゃうから。デッかいアランチーニ、高くても2ユーロってどうよ。
2日連ちゃんで行ったカフェのおにーちゃんなんて人懐っこくて「どっから来たん?日本?最近日本人来ないけど貧乏になったん?でもイタリアよりましやんなぁ。イタリア最悪。大嫌い。日本人なのにズヴェツィア(スウェーデン)に住んでるん?そんな寒いところはもっとイヤ。がははははは。」なんてまるで故郷の志摩の人達を思い出させる屈託のなさだ(顔はジョー・ペシだけど)。ちなみに日本の地方ってところによって、妙に都会の人を意識して意味なくツンケンしてる人が多いけど(今はちゃうか)シチリアは良い意味での素朴なアティチュードに徹していらっしゃる感じ。
ちなみに英語はヤングの皆様にもほとんど通じませんでした(ミラノは大体通じる)。

さて、このカターニアだけど個人的に特にお薦めしたいところは2ヶ所です。
いろいろな方が推薦してくださったベッリーニ劇場は時間が合わず中が見られなかったため、次回のお楽しみ♡
一個は『Monastero dei Benedettini di San Nicolò L'Arena』
ここ、2回(最初一人、2回目おさーんを連れて)行きました。
こんなに素晴らしいのに、タダ。Ω\ζ゜)ちーん
16世紀に建てられたベネディクト派の修道院(伝道所?)で現在は普通にカターニア大学の校舎として使われている建物。それにしても立派な建物です。あまりにも大きな建物のため迷ってしまいそうよ。




長〜い回廊
なんて素敵なところでお勉強してらっしゃるのっ!


裏には植物園も

そして『Teatro Romano e Odeon』
紀元前300年前(だと思う)に建てられた収容人数5000人の野外劇場。
入場料は4ユーロ。
入り口はヴィットリオ・エマヌエーレ通り沿いにあるんだけどうっかりしてたら見過ごしてしまうぐらい。普通の民家の後ろにこんな遺跡があるなんてびっくらよ。 ここに住んでる人は古代野外劇場見ながら生活しているのよね。イタリアって奥深いわぁ。

お父さんが息子に一生懸命この劇場の歴史を説明していた♡ご覧のように民家に囲まれてる

隣接してあるオデオン(音楽堂)

2ヶ所と書きましたが、もう一つ。カターニアの台所、有名な魚市場とそれに隣接してる精肉市場と野菜市場も忘れてはいけません。
売り子さん(爆)はちょっと「おマフな感じ」(☜わかるぅ?)の男子ばっかりでちょっと怖いんだけど、是非その喧噪だけでも体験してみてください。
観光客はここで魚買って持ち帰れないのが寂しいところよ。
そんな観光客は是非市場のドまん中のAntica Marinaへ是非。 (紹介してくださったツイ友様大感謝♡)あたしは45ユーロのコース注文して最後は吐きそうだったので35ユーロ(パスタ無し)か単品で充分だと思うわ、と大きなお世話。

売ってる方たちはみんな強面です(怖)

カターニアは駆け足で紹介するつもりが予期せず長くなっちゃってごめんあそーせ♡

次回はタオルミナの絶景の前で号泣、の巻。

スウェーデンでは絶対に食べられません「イカスーミ」♡