2014年6月29日日曜日

アナライズしきれないあたし

下関の城下町長府にある功山寺にて 誰にでも話しかける姉 


みなさん、こんにちは(そらぞらしw)。

約3ヶ月ぶりのブログ更新です。
書くことがなかったわけじゃないのよ。
いろいろありすぎて、いろんなところにも行き過ぎてどっから手付けていいのか全然わからなかったっていうのがホント。

実は日本にも6日だけ帰ったんだけど、個人的にはあまりpleasant(あぁ英語便利w)な訪問じゃなかったからそれらのこと書く気にもなれず・・・。鹿児島にも一泊で行ってそれはそれでよかったけど桜島は見れなかったし。

でも1つだけ書かせてもらいたいことがあるのよ。
ほんと怒らず聞いて欲しいんだけど。

日本に帰った時に母と姉、そして近所の方達のみにしか会わなかったんだけど、その人達との会話のネタが他人のこと、なかんずく他人の不幸に関わることが多くを占めていることに心底アテられちゃったの。
(下ネタのできる姉は除くw姉が東京に帰ってしまった後、本当に苦しかったわ。)
不幸話も笑いで済ませられるレベルではなく、死の匂いまで嗅がしてくれるような「砂の器」的な一時帰国だったわ。
「◯◯さんの息子さんはガンで」「◯◯さんのところは孤独死」「◯◯さんのところは娘さんが鬱で・・・」「◯◯さんところ旦那がコレ(小指立てる)作ってとんづら」ってな感じで、最終的には
「お気の毒だわ。」で〆められるという。

他人の行動などを過度に慮ってアナライズするのも、普段は人と人の間が開き過ぎちゃってるスウェーデンに住んでるからかしら余計にビビっちゃったわ。
一例だけど、あたしがピアノをちょっと弾いたとすると我が母が
「あなたここでピアノなんか弾いた事なかったのに。ちょっとはやる気が出たって証拠かしら。みんなはどう言ってるの?」
みたいな、彼女にとったらなんでもない発言にもピリっとしてしまうのって、これ、病気?
ここに母の主観的な感想(よかっただの、もっと弾いてだの、ヘタだの)はまったく入らず他人(本人以外は親子も他人)の気持ちを勝手に推測するのってお家芸みたいなところない?

あたしが日本に住んでいたときの経験と鑑みて、スウェーデン人の国民性ってある意味とっても似てる点があるなぁ、と思ってたけどとんでもない。
今回、身近な人たちに、そこを否定されたような気がしたわ。

いや、彼らにそういう傾向があることは知ってたわよ。
知ってたところに、今回真っ向から直視させられて恐れをなしているって感じよ。

アメリカの「自分のことしか言わない」も困るけど、喋ることが他人のことばっかりっていうのも困るわー。
しかも独特の陰湿な暗さがついてくるのがかなわんわよ。

あと「気を使う」って言葉がやたら頻出されるのにもあらためて辟易しちゃった。
今回行き当たった人たちが、不幸話か、石◯真理子っぽくトンチンカンなことばっかり言ってたように思うのは気のせいかしら?

日本からの訪問者が「すごく気を使うんですぅ」としゃーしゃーと言った後、在住者の前で「北欧って食べ物まっずいでしょ?食べ物マズいところには住めないぃぃぃ。」って言うのって、ねぇ、これホンマにどうなん?ww

あぁ、これからは無いお金叩いてでも東京に出て意見の合う友人達に会おうと思ったわけだわよ。

ほんと、突然書いたと思ったら半分恨み節調になっちゃってごめんねぇ。