2015年8月26日水曜日

Journey to Italy 2015 (2): Tuscania, Lazio

遺跡を見た後、1時間半ほどドライブして(馬車馬のようになったあたしは爆睡)、Tuscania(トゥスカーニア)という町に行きました。
「Tuscaniaに行きました」と書くとみなさんから、いやイタリア人からも「トスカーナに行ったのね。あっそ。ステーキ食べた?キャンティ飲んだ?プラダのアウトレット行った?」みたいに思われてしまうらしいけど、こちらはラツィオ州にあるの。
きゃんきょーきゃく=トスカーナとは限らないのである。
あぁ旅の上級者(きどり)。Ω\ζ゜)ち〜ん

前回のJtI2014を読んでくれた殊勝な方(It's YOU!)はお分かりかと思うけど、去年のルートをなぞるように北上したあたしたち。
まるで前回のJtIが3ヶ月前のことのようです。
少年老い易く学成り難しよっ、若者よっ!!


輝くオリーブの森を抜けるとそこはB&Bだった
広大なオリーブプランテーションを敷地内に持つ
Relais Pian di Vicoさんにお世話になりましたぁ。
いい香り
イタリアの豪華なお屋敷を改装しているB&Bの多さにはびっくりしてしまうわ。
こういうB&B、特にイタリアのはサービスが出過ぎず引っ込みすぎずで、どれもいつも肩肘張らない快適さがあってとっても気に入っている(wifiのシグナル強かったら最高だったのに)。
去年も痛烈に感じたんだけどB&Bホッピングするならイタリア語ちょっとは喋れるべきかも。あぁ、ボンジョルノォとアクアコンガースっ!しか言えない自分が悔しいっ。
B&Bのオーナーさんや管理人さん(大体50歳以上の方が多い)が英語が喋れた試しがありません。

朝食風景

何気にこういうの置いてあるのが素敵 カラヴァッジョのやう(自分褒め)

あたし:「ハウキャナイゲットゥーザタウン?(How can I get to the town?)」
管理人さん:「シー。ミキアーマノラウラぁ(あてラウラいいまんねん)。」みたいな会話、しょっちゅう。
ジョがいなかったら多分タウンに行けずに管理人さんの家族の全員の名前聞いて終わってた旅だったかも。
(ちなみにここはTuscaniaから車で15分ぐらいの山ん中にある)

ジョが管理人さんに聞いたところによると、かつてここは(も・・・←クリック)タバコ工場の職員の宿舎だったらしい。オーナー三兄弟は日頃はローマにお住まいだとか。自前のオリーブをつかって食用オイルだけではなく石鹸やシャンプーも作っていらして、添え付けのアメニティーは全て自家製。クラシカルないい香りであたしも一本シャンプー買ってしまった。
敷地内には手入れの行き届いた英国式庭園や思わず溺死したくなるような美しいスイミングプールもある。
チェックイン時間を確かめて、ぜひ最大限にB&Bでのひとときを楽しんでもらいたい。
なんちってw。

鄙びたいい感じのダウンタウン


さて、その後おとずれたTuscaniaのダウンタウン。
まるで映画Life is beautiful(あれの舞台はArezzoだった)のロベルト・ベニーニが「ボンジョールノォ、プリンチペッサ」と言いながらその辺からひょっこり出てきそうな、中世の香り色濃くのこる街だった。
去年行った村Vitorchiano然り、美しい街なのに「売り家」のサインが目立つのが悲しいが、ほかの街よりも観光スポットが多いからか(教会とエトルスカン博物館ぐらいしかないけど)そこまでうらぶれてる感じもなかった。
あたしたちはBasilica di San PietroとSanta Maria Maggioreの二つの教会に行っただけ。
あまりたくさん行くと記憶がこんがらがるのよぉ(京都の寺巡りしてると記憶がこんがらがらへん?)。この二つの対照的な教会だけで十分。
その後ランチして、教会の広場で10分ほど可憐に午睡を、と思ってたら二人で小一時間ほどいびきごーごー、よだれべっちょべちょで大爆睡してしまった。

さて、今夜はウンブリア州の州都ペルージャへ。
あたしにとって初ウンブリアである。略して初ウン。
街には2つ丘がありメインの丘からサン・ピエトロの丘をのぞむ
サン・ピエトロ教会にて 赤いおばさん
光と影がとても印象的な旅だった
中世からあるサンタ・マリア・マッジョーレ教会にて
1971年の地震から復活したがまだ足場が組まれているところもある
ルノアールみたい(自分褒め)
静かな街なのにここだけごったがえしていた
お味最高!!!
Trattoria Alfredaにて
うどんかと見紛うほどの太い麺
こういう「おそうざい感」ってどうしてスウェーデンにはないのかしら

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